English | 日本語


「草木染め」のこと


「草木染め」―、この言葉には独特の響きがあるようです。“天然のやさしい色”、“日本の原風景”、“自然回帰”、“環境保護”、etcetc…。

ふと目に留まるとそれだけでいろんなイメージが出てくる饒舌な単語です。今や工芸分野の一つとして在るこの「草木染め」、実は少し前まで登録商標だったのはご存知でしょうか。
少々時間と紙面を割いて「草木染め」の本当の意味と意義、そしてその力をお伝え致します。

tezomeyaが「草木染め」という言葉を使わない理由
お気づきの方がいらっしゃるかどうかわかりませんが、tezomeyaでは、「草木染め」という言葉をほとんど使用しません。

少々いやらしい話ですが、天然染料を使っている染め工房が自分のサイトの中に「草木染め」を文章の中に入れないというのは商売をする上で不利です。
といいますのは、 見ていただいている方に染めのポイントを伝えにくいという事もありますが、サイト運営上最も問題なのは「草木染め」をキーワードにして検索する方から引っかかり難くなってしまうからです。

・・という事は存じていながら、できれば「草木染め」という言葉を使うことを避けたいのです。 と言いますのは、この単語、先ほど冒頭でお伝えしたように独特の世界観を持っているからでして、その先入観無しで当工房の天然染料の色を見て欲しいと考えているからです。

ただ、そのような小洒落たことだけが理由ではありません。実はもう一つとても大きな原因があります。

「草木染め」という言葉を本来の意味で使用できる人は日本でごく一部の限られた方たちだけだって思っているからでして、これはもう、あの故山崎青樹さんをはじめとした山崎家の皆様さんしかいらっしゃらないだろうと。

山崎青樹さん・・・
残念ながら2010年に他界されてしまいましたが、天然染料の染色業界でこの方の名を知らない人はいないと思います。天然染色界のサラブレッドです。
二十歳そこそこから草木染めの研究一本の方で染め出した植物は数百種。天然染料による糸染めや布染めはもちろん、奈良時代の重要遺品の定性やら古代染めの復元やら、とにかく様々なジャンルにお気を削がれた職人かつ古代染研究家でして、著書も数十冊に及びます。

まだご存命の頃であれば、大きい本屋さんで草木染めの本を探せばおそらく半分位は山崎青樹さんの手になるものだったでしょう。店主がtezomeyaをはじめて数年のころに上代の重ね衣を復元され、その研究発表展が開催されたのですが、もちろん観に行って感銘を受けた事今でも鮮明に記憶しています。その頃はもちろん、今でもとても店主の技量と知識では染め上げることの出来ない着尺が何反もありました。

  「草木染め」は登録商標だった!
この青樹さんのお父上が山崎斌(あきら)さんという方でして、「草木染め」は、このお父上が昭和7年に商標登録した言葉なのです。

山崎斌さんは元来染色家ではありませんでした。

著名な文芸家として活動をしていた斌さんは昭和のはじめ、郷里の長野県の養蚕農家が世界恐慌などのあおりを受けて苦しんでいるのを見かね、東京から長野に移ります。
そこで彼が考えたのは養蚕以外の副業。農家の人たちが自分達の野良衣用に片手間で手染め、手織りしている様子をみて、これを工芸品まで高めよう、と考えたわけです。

しかしながら、染めに関しては全くの門外漢。地元の紺屋さん、そして家業として染め織りをしている郷土作家さんたちの助けを借りながらモノづくりをはじめます。


山崎斌さんのその頃のご苦労は、2005年に開かれた「草木染めの命名者 山崎斌 展」で配布された図録にも書かれていますが、当時すでに斜陽と化していた天然染料の染色技術を商品製作の域まで復活させるには並大抵の事ではなかったと想像します。
おそらく独学で様々な著書も読み漁っておられたのではないかと思います。当時やっと著書を発表し始めておられた染色研究家の後藤捷一氏や上村六郎氏、著名な植物学者の白井光太郎氏などの資料なども目にしておられたのではないかと。現在当方がそのあたりの文献に当たるたびに、「あぁ、山崎斌さんもこうやって勉強してたのかなぁ」などと勝手に浸っております。。

そして、会得した工芸技術を広めるために地元の農家の人たちにも天然染料による染めを体系的に指導します。それと同時に、当時日本の染色業界を席巻し始めていた合成染料による染色と一線を画すために、昭和5年に天然染料による染めプロダクトを「草木染」と命名、昭和7年に商標登録受理されます。

草木染による工芸品の文化復興のため、斌さんは更に東奔西走します。あちらで講習会、こちらで実演、地元の松本では草木染めの教習所。そして東京に「草木屋」という店舗を持ち、奥様に任せます。 戦時中に一時期活動は中断されますが、戦後間もない昭和21年、成人された長男の青樹さんとともに長野に「月明手工芸指導所」と「草木染研究所」を開設。別名“月明郷” とうたわれ、手織り紬、紙漉き、そして草木染めなど、手仕事の郷として斌さんが思い描いていた理想郷の礎が完成します。

その後、昭和31年に群馬県高崎市に「草木染研究所」を移し、青樹さんが所長となり現在に至ります。そしてこの「草木染」ですが、現在は登録商標の権利期限が切れて誰でもが使える、ということになっています。

商標権(商標登録の所有権)というのは、申請すれば何年でも延長できるシステムでして、ということは、おそらく青樹さんがどちらかのタイミングで権利を放棄してらっしゃるのだろうと思うのです。

  「草木染め」が持つフンイキ
斌さん、青樹さんとつづく親子鷹の染色研究家ですが、このお二人は他の染色作家さんと大きく違うところがある、と個人的に思います。それは、染め方法を全てオープンにしている点。

斌さんは、もともとご自分の作品作りの為に天然染料を使い始めたのではなく、農家の副業として工芸品確立の為に染めの研究・指導をはじめたわけでして、その意思を受け継いでいる青樹さんもそうしたスタンスで染めをされているのでしょう。
「草木染」の商標権の放棄も、そういった行動のひとつなのではないかと想像するのです。

山崎斌さんの昭和初期の活動を宮沢賢治の理想郷作りと重ねて話される方もいらっしゃるくらいですし、そう考えると染の手法をどんどん開示していくというのもうなずけるのですが、普通こういった作家さんというか職人さんは、技術に関してあまり語りたがらないのが世の常。
このオープンな知識開放が「草木染」というコトバが持つ雰囲気の根源を作り出している、と思います。

作家や職人が細かいレシピをあまり語らないのは、もちろん企業秘密的な側面もあるでしょうが、俗に「一流」と呼ばれる方達が語らないのには別の理由があると思っています。
それは、
「話してもわからんじゃろ…」
です。

恐縮ですがここでtezomeyaを例にたとえ話を・・。
tezomeyaでは染色ごとに必ずメモをつけてまして染料の分量やら何やらを全て詳細に記録しているのですが、糸繰りのタイミングとか、釜アタリしないようなかき混ぜ具合とか、そういった作業の細かい所作はなかなかメモでは残せません。

体験教室の場でも、これはもう体験の方に実際にやって戴くしかないわけでして、tezomeyaのようなまだまだ歴史の浅い染め工房でもそんなことがあるわけですから、大作家ともなればそういった有耶無耶な技術ばかりなのでは、と想像します。
そりゃ、教えたくても口や本だけでは伝えきれない。かえって誤解されかねない。だから話さない・・・。


ですが、山崎親子は違います。青樹さんの本を読んでいただければ分かりますが、染料の焚き出し方、媒染剤の調合割合、沸騰の時間…、かなり細かいところまで記されています。
逆にいうとそこまで細かく記されているメジャーな書物は山崎青樹さんの本くらいしかないので(探せば他にもないことはないのですが)、天然染料の染色といえば山崎流になることが多い。そして多くの方が山崎流の染色を楽しめる。その中には素晴らしい芸術作品になるものもあれば個人の趣味で終わる作品も。いろいろな「草木染め」作品ができるわけです。

そして、 そういった作品には色落ちが異常に早い染め生地もたくさん出てくるでしょうし、なんだかよくわからない染め物もでてくる…。

誤解を省みず言うならば、素晴らしいものからしょーもないものまで、全て「草木染め」というコトバひとつで括られている、と感じませんか? そういう出来上がったものの中には、山崎親子が本来望んでいた形ではないものも入っているかもしれません。ですが、そのような事態も全てひっくるめて山崎親子は受け容れてこれまで活動されてきたのでしょうし、青樹さんはこれからも引き続き命続く限りスタンスを変えずに染め業を邁進されることでしょう。そのエネルギーと情熱には若輩ながら畏敬の念を持たずにはいられません。
そのエネルギーまで「草木染め」というコトバに入っていれば良いのですが…。

「自分のしていることがきっかけになり、世の全ての染色が草木染になれば…」と、青樹さんは著書で言われていました。そのためにご存命の間は最後まで現役として真剣に染めの活動をされていました。
そして、現在は更に息子さんの和樹さんや樹彦さんがそのご意思をついでおられます。
心底感服致します。畏れ多くて「草木染」という言葉、当方は使うにはばかります。色々な草木染めがありますけど、本来はこんなに志のしっかりとした染めなのだと思うのです。

最後に、青樹さんの最後の著「古代染色二千年の謎とその秘訣」の結び句の引用です。
染色文化の解明はまだ糸口にすぎない。媒染料の問題、そして水のこと――軟水、硬水、酸性水、アルカリ水など古代人がすでに知っていた知識を改めて認識する思いである。また、温泉の水による染色など、これからの課題も多い。伊香保の湯の花染などのことも考えたい。 いつの日か、古代人の衣服の全てを再現してみたいと念じている
…全てを再現するだなんて、まだまだ青樹さんはやる気でおられたのだろうと思います。


※当方は山崎青樹さん及びその関係各位、「草木染研究所」とはなんの関連もありません。他意等全くありませんが、間違い、表現に不適切な個所など問題がありましたらご連絡ください。訂正・削除いたします。
オンラインストア