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出産立会い体験記

1998年に長男の出産に立ち会った際の体験を綴った雑文です。分娩室が空くまでの待合室(和室)で番頭が産んでしまったかなり珍事(笑)な出産立会いだったのですが、病院の先生に依頼を受けてその様子を書きました。でも、ホント貴重な体験でした、ええ。ちなみにこれで味を占めて、次男の出産のときは希望して待合室で生ませていただきました(笑)。 このテキストは、その後院長先生が執筆した本に光栄にも掲載頂きました。原稿料はいただけませんでしたけど^^;。 まだサラリーマン時代の懐かしいテキストです。かなり恥ずかしいですけど、もしよろしければご一読下さい。

今年(1998年)1月のファミリー教室に参加の際、病院内の病室見学をさせてもらいました。家族で大挙して宿泊できるホテルのような病室、風呂付きの病室などいろいろな病室がある中、畳部屋の病室も見せて頂きました。京都の病院だからかなあ、などと京都出身でないボクは他人ごとのように思ったものでした。案内の看護婦さんの、希望があればこの部屋の中ででも出産ができるという説明をきいて、“誰がそんなことするんだろ、わざわざ病院まで来て”と、そんな物好き者の想像をしながらその場で妻と二人でくすくす笑っていました。1ヶ月後には実際に自分たちがその物好き者になろうとは知る由もなく…。

2月16日月曜日の昼、いつものように会社で仕事をしていたボクは、同僚からメモをもらいました。自宅の妻から電話があり『おしるし』が来た、との事。 妻が臨月である事を日頃から社内でふれまわっていたボクは、この事件もさっそく上司から後輩まで皆にくまなく報告し、早く帰宅しやすい状況作りをして、仕事が終わると早々に会社をでました。 家に帰ると妻はいたって元気で、先生の話では2〜3日で破水が始まるだろう、陣痛に気をつける様になどの病院のコメントを話してくれました。

一応いつ入院になっても良い様に身の回りの準備や入浴を済ませた後食事などをしているうちに、9時ごろから不規則だった妻の陣痛らしき腹痛がだんだん規則的になってきたので時間を計り始めると、15分前後間隔の痛み。 10時半、妻が1度病院に相談の電話をいれると、間隔が短くなるか痛みが強くなったり、破水が始まったらまた連絡を、との事だったのでまた様子を見ていると1時間もしないうちに痛みの間隔が6〜7分位まで、急ピッチで縮まってきてしまいました。 再度12時(夜中にすみませんでした‥)に病院に連絡を入れると、今度は病院に来てくださいとの答えが返ってきて、とうとう来たか、といった俗に言う“期待と不安”がこみあげ来てボクは妙にはしゃいで(自分はどこも痛くないのですごく無責任)準備しておいた荷物を持って、かなり真剣に痛み出してきた妻と一緒にタクシーで病院に向かいました。 乗せてもらったタクシーの運転手に「何、妊婦さんでっか!今日は一日ええことあるわ。妊婦さんを乗せると縁起がええのですわ。」といきなり感謝がられ、不思議な思いをしました。

12時半、いよいよ病院に到着。 まず胎児の心音と陣痛のピッチを確認し、その後助産婦さんに内診をしてもらうとすでに子宮口が5cm程開いていました。 早ければ昼くらいまでに生まれるかもしれないと言われ、妻が陣痛で苦しんでいるのをよそにボクは勝手に一人で、いよいよ真剣にがんばろう!と堅く決意をしました。 ただ、病室がその日はいっぱいで、空いているのは例の畳部屋の和室の病室。 でも2人でごろごろしながらリラックスできるし、妻とボクはふたつ返事でその病室に入りました。

この頃になると妻の陣痛はかなりひどくなっていて、間隔も2〜3分、ちょっと休んだかと思うとすぐにまた痛みが始まり、回を重ねる毎に辛さも増しているようでした。 それまで、出産シーンをビデオ撮りしようといきまいて、妻が痛むたびにカメラをまわし陣痛の実況中継をしていたボクも、この時にはもうそんなヒマは全くありませんでした(ビデオを撮ろうとすると妻に真剣に怒られた)。 陣痛が始まると妻が四つんばいになりボクが腰骨のあたりを押し、ふたりでいきみを逃す呼吸をしながらその場をしのぎました。2日前にちょうど病院の安産教室を二人で行ってきたばかりで、その時婦長さんに教えてもらった呼吸法を二人ともまだ覚えていたのが幸いしました(婦長さんありがとうございました)。

とうとう2時頃になると今まで聞いた事のない妻の叫び声がでてきました。『助けてえー!』や『どうにかしてえー』など、全く教科書どおりの雄叫びでしたが、その時はもちろん感心している暇などなく、ボクもその叫びに『ほら、ここにいて助けてるよ』とか『今腰を押してるから‥』等と、しても全くむだな返答をくりかえしていました。 確認はしていませんが、妻には全く聞こえていなかったでしょう。

この叫び声が詰め所まで聞こえていたのか、助産婦さんが病室にきてくれました。 子宮口の開き具合を見てもらうともう8cm近くまで開いていて、予想外の進行の速さに助産婦さんも少々驚かれた様子でした。 お日様が出る前に生まれるわよ、と言われ、妻がすかさず『早く出てきて〜』と叫んでいました。

ここからはもう怒涛のごとく物事が運び、看護婦さんが先生を電話で呼び出し、部屋にぞくぞくと器具を運んできました。 ボクはこの時、妻を後ろから支えて座り、妻と一緒に呼吸法をして張り切っていたのですが、あれよあれよという間にこの場で出産をしそうな段取りになって行くさまを見ながら“ちょ、ちょっと!ここで?”と急に心配になりました。 いそいそと準備をしている助産婦さんにそれとなく『ここで産みます?』と聞いてみると、当たり前のように『もうすぐだしここで産みましょう。先生もすぐ来るわ』と言われました。 大丈夫かな、と内心思いましたが、ボクのあごの下では妻がすごい顔をしてうなっているし、準備は整ってしまっているようだし、もう深く考える事はやめにしました。 間もなく先生も駆けつけてきてくれ本格的に出産体制にはいりました。 フォーメーションは変わらず、ボクが分娩台がわりで妻がそれにもたれていきむ、向かいには先生と助産婦さん、そして看護婦さんがサイドに待機していました。 助産婦さんと先生が合図を送る、妻がいきむ、ボクがその真似をしながら妻を支える、という連携プレーが何度となく繰り返されましたが、妻のいきみがうまかったようで、着実に子供は下に降りてきているようでした。 この頃には、どうもボクも頑張れだの力抜けだの妻に向かって叫んでいるようでした。 呼吸が短促呼吸にかわり、妻がひときわ大きい叫び声をあげながらいきむと、『頭が出た、もう一息!』と先生が言い、さらに妻がいきみつづけるとみるみる向かい側から真っ赤なあかちゃんがでてきました。 そのとたん妻のいきみ声が喜声にかわり、その場の皆の声が何十もの歓声に聞こえました。 ボクも喜声(奇声?)を発していました。生まれたばかりの赤ちゃんを妻のおなかの上に乗せてもらうと妻が脱力し、ふと気づくとボクの左足はお産の間ずっとつったままでした…。

3時08分の出産で陣痛からの時間は約5時間半、初産としてはかなりのスピード出産だった様です。 皆さんからは安産だったね、といわれましたが、妻とボクは当然今回のお産しか知らないので、本当に安産だったのかどうかはわかりません。 妻と一緒にお産を体験させてもらいましたが、全てを見せてもらった(ただし下半身は覆われていた)せいかかえってグロテスクな雰囲気は全くありませんでした。 分娩台での立会では味わえない、この上ない親近感を和室出産の立ち会い(というか座り会い)で得ました。

出産が終わって、夕方に自宅に戻り一眠りしたあと、風呂に入って深々と湯船につかりながらふと、生まれたての赤ちゃんを妻のおなかの上にのせてもらい二人で抱いたシーンを思い出すと、じい〜んと頭の中で感動の音が鳴ったとたんに突然涙があふれてきました。出産のその時には、もちろんうれしかったのですが不思議と全くでてこなかった涙が、いまごろ半日分の利子まで付いておしよせてきたようでした。 わけもわからずボクは、しばらく風呂の中で泣きじゃくってしまいました。 風呂からでてテレビを見ると、長野オリンピックで日本のスキージャンプチームが団体優勝をしたという特集をしていました。原田選手の嬉し涙でくちゃくちゃになった顔がブラウン管でアップになったのを見たとき、全然別の事なのにもかかわらず妙に原田選手と自分は同類だという変な親近感を持ってしまいました。。

というわけで、今回こうやって妻と一緒にお産を経験させてもらったのですが、出産に立ち会ったからといっていきなり急に『自分はこの子の親なのだ!』という実感が湧くわけでは全くない、ということがわかりました。 ただ、出産にたちあうことによって、『ボクは妻と一緒に苦しみを共にしているのだ』という勘違いや『妻と一緒にこの子を産んだのだ』という勘違い、はては『出産の感動はオリンピックの金メダルにも勝るとも劣らないのだ』というすばらしくずうずうしい勘違いを、身をもって経験する事ができるのだということがわかったような気がします。 そして、このようなすばらしい勘違いをたくさん重ねてボクは親らしくなり、そしてさらによき夫らしくなるのでしょう。 妻の苦しみと子供とそして僕の勘違いのために、夜中にもかかわらずお付き合い頂いた先生、そして助産婦さんと看護婦さん、本当にありがとうございました。 もし機会があれば次回も立会い出産で行きたいと思っております。 そしてそれは是非この足立病院で、と思っています。その時にはまた私たちの大きなすばらしい勘違いのためにお付き合い頂きます様よろしくお願いいたします。

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