手染メ屋の色

手染メ屋の色

黄蘗色黄蘗色(きはだいろ)
柘榴(ざくろ)の実の皮を乾燥したものを煮出して染める色です。媒染にはミョウバンを使用します。
黄蘗(きはだ、おうばく)とは樹皮を剥いだ内皮が黄色い染料になる木です。黄蘗色の染めは虫よけになるとも思われており、7世紀の昔から写経の紙にも施されていました。
黄蘗は木綿と相性が悪くとても染まり難いので手染メ屋では柘榴を使って同じような黄色を染めています。決して冷たさがない、でも能天気に明るすぎもしない、独特の深みがあるあたたかい黄色。ありそうでなかなかお目にかかることのできない黄だと思います。
灰桜色灰桜色(はいざくらいろ)
椰子の木(檳榔樹)の実の種、檳榔子(びんろうじ)を煮出して染める色です。日本には椰子は自生していないため古来から輸入されていた生薬で、昔は鉄媒染をして黒染めの下準備のひとつとして使われていましたが、手染メ屋ではミョウバンで媒染して優しいベージュピンクに染めています。
この染料はアジア諸国でいわゆる” かみタバコ”として古くから嗜好品にも使われています。噛むと唾液が赤くなるのですが、この赤味が灰桜色の優しいピンクの正体です。世の全ての女性に分け隔てなく似合う希少な色目だと思っています。
丹色丹色(にいろ)
柘榴(ざくろ)で黄に染めた後に印度茜(いんどあかね)で赤を染め入れてオレンジ系に仕上げます。古来より我が国ではこのように2つ以上の染料を使用して、様々な色を染めだしていました。媒染にはミョウバンを使っています。
丹(に)とは本来、赤みのある土のことから、赤色を指す言葉です。この一字のみで、日本画に使われる赤色の岩絵の具の意味にもなり、焼成すると水銀を生ずる「辰砂(しんしゃ)」と同義語で使われます。
絵の具や色鉛筆と同じく黄と赤の足し算で作ることの できる色目ですが、元の黄も赤もそれぞれくすんだ独特の色目なので、仕上がるこの丹色も明るすぎないフクザツなオレンジに仕上がっていると思います。
鴇色鴇色(ときいろ)
印度茜(いんどあかね)の根を煮出して染める色です。媒染にはミョウバンを使用します。
“あかね”の語音通り、とても赤い色をした根の植物で、見るからに良く染まりそうな染料植物です。赤に染まる植物は少なく、また、同じく赤色に染まる紅花(べにばな)や蘇芳(すおう)に比べて色変わりしにくい植物であることから、古来より大変重用されてきました。
絹を染めると彩りの 強い赤系統に、木綿を染めるとパステル調の赤~ピンク系統の色に染まります。トキの風切羽が赤味を帯びている所以の色名で、はげしすぎない優しい印象のこの染め色に相 応しい良い名前と思います。

老竹色老竹色(おいたけいろ)
黄蘗色と同様に柘榴の実の皮を使うのですが、媒染剤に木酢酸鉄を使用することで色目はくすんだ宇治茶のような色目になります。
この色のように、同じ染料植物でも使用する媒染剤を変えることで全く違った色に染め上げることができます。
緑色の作り方は二種類あります。一つは黄色に青色を混ぜること。二つ目は黄色に少しだけ黒を混ぜること。この老竹色は、柘榴で染めた黄色を鉄媒染して暗い色を足し込み、カーキグリーン系統の緑にしています。
老竹(おいたけ)とは読んで字のごとく年老いた竹、すなわち枯れ始めた竹の色の事。いつ頃から使われるようになった名前かは不明ですが、とても想像しやすい色名と思います。
暗すぎず明るすぎず、ほのかな緑に彩られたこの色目は年齢や男女を問わず使いやすい配色だと思います。
鈍色鈍色(にびいろ)
矢車附子(やしゃぶし)というハンノキ科の低木の実を煮出して染める色です。媒染にはミョウバンと木酢酸鉄の両方を使います。
最もニュートラルな日本のグレーで、古代には喪に服する色目としても使われて いました。鈍色は濃いものから薄いものまでいろいろな濃度があり、薄鈍(うすにび)や濃鈍(こきにび)などと言われ、源氏物語などを見ると、喪の鈍色が濃ければ濃いほど近親で悲しみが深い、とされていたようです。
読んで字のごとくにぶい色なのですが、「鈍い」という言葉は本来刃物の切れ味が悪くなることで、切れ味が悪くなった刃物、すなわち鉄を米酢などに入れて鉄媒染に使用したところから来たのではないか、という説があります。
西洋のグレーに比べてすこし黄味がかっているこの鈍色ですが、決して何かの色が見えるわけではなく、やはりグレー。不思議な色目です。 特にトップスの色としてはとても重宝しています。
藤鼠色藤鼠色(ふじねずいろ)
五倍子(ごばいし)で染める色です。五倍子とはウルシ科のヌルデに付く虫こぶで、江戸時代には染料のほかにお歯黒にも利用された染料植物です。木酢酸鉄で媒染することでこの藤鼠色のようなくすんだ青紫や青グレーが染まるため、江戸時代には紫染めの代替品として庶民の間で流行った染料でした。青紫色のはいり具合がなんとも渋い江戸の庶民の代表的な色彩の一つです。
蒲萄色蒲萄色(えびぞめいろ)
五倍子(ごばいし)で青グレーに染めた後に印度茜(いんどあかね)で赤を入れて仕上げるくすんだ赤紫系の色です。媒染にはミョウバンと木酢酸鉄の両方を使います。
丹色と同じく色の足し算で作る色で、古代 の日本はこうやって2種類から3種類の染料を使っては色を足しこんで複雑な色を作り出していました。
草木で染める場合、異なる植物の染め液を混ぜて使うことは絶対にありません。液の状態で混ぜてしまうと、染まりにくくなり仕上がりの色も予想以上にくすんでしまうからです。必ず植物をひとつずつ染めて重ねていきます。
蒲萄(えびぞめ)は、えびかずら(現在のエビヅルというブドウの一種)から取られた名前で、えびかずらの実のように赤紫色の色目を指します。蒲萄は飛鳥時代から大臣以上に使われた高貴な色です。この大好きなくすみ具合を出すため五倍子の染め濃度に少々注意が必要な染め色です。

海松色海松色(みるいろ)
楊梅(やまもも)の幹を使って染める濃いカーキグリーンです。媒染は木酢酸鉄を使います。
海松(みる)とは海藻のこと。海岸にもよく打ち上げられている、細長い茎が枝分かれして生える海藻でして、松の葉に似ていることからこの字があてられています。
海藻の海松のように深いカーキグリーンのものを、平安時代からこう呼ぶようになっているようです。
この色は洋の東西を問わず20世紀以降の軍服に使用されており、わが国でもいわゆる「国防色」に近い色目と思います。ミリタリー系のカジュアルウェアにもよく見られる色で、トップス、ボトムアイテムに限らずとても使いやすい色目と思います。
憲法黒憲法黒(けんぼうくろ)
藍染めで縹色に染め上げた後に楊梅(やまもも)で濃い緑を染め入れ、黒に近い色目に仕上げました。媒染は木酢酸鉄を使います。
天然で黒色は炭黒しかないのですがこの炭は生地に定着しないため染色には使えません。昔から黒を染めるには色々な染料をかけ合わせ色をつぶし合って暗くして染め出しました。この憲法黒は江戸の初めに元々剣の師範であった吉岡憲法が染め師に鞍替えし開発した黒染め方法です。色名も吉岡氏の名前から取られています。
少し緑味が見える黒に近い色目で、鉄紺色と同様に当工房の最も濃い色目のひとつです。
鉄紺色鉄紺色(てつこんいろ)
藍染めで縹色に染め上げた後に、ログウッドで更に濃く染めて仕上げた色です。媒染 は木酢酸鉄を使います。
手染メ屋では憲法黒と並んで最も濃い色目のひとつで、いわゆる濃紺、濃いネイビー色と思います。
ログウッドは中南米原産の染色用木材で、日本には江戸末期から明治にかけて入ってきました。着物の世界で「三度黒」と言われる黒染めに使われた染料です。これは「三度も 染める」のではなく、「たった三度の染めで黒くなる」という意味です。真っ黒に染めるのがそれまでいかに難しかったか、というのが偲ばれる色名です。
縹色縹色(はなだいろ)
印度藍(いんどあい)から採れた沈殿藍を使用した藍染めによる色目です。当工房では技術的そして設備的な問題から炭酸カリウムとハイドロサルファイトを使用したいわゆる“化学建て”による藍染めをしています。
「縹(はなだ)」とは、藍染めで仕上がった青色すべてに使用されていた色名です。水縹(みはなだ)、薄縹(うすはなだ)、中縹(なかのはなだ)、深縹(こきはなだ)などと、その濃淡を全てこの縹色で表していました。濃い青色を「藍色」と江戸時代に呼ぶようになって、この縹という色名はすたれてしまいました。 手染メ屋では比 較的濃い目の青色に仕上がるように心がけています。