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「黄櫨染ってなに?」講演をしてきました

「黄櫨染ってなに?」講演をしてきました

高崎市染料植物園さんにお招きいただき、2019年11月4日に天然染料に関するお話と実演を担当してまいりました。
その名も「黄櫨染ってなに?~天皇だけに許された絶対禁色の秘密」という仰々しい内容。お題目に負けない内容を提供できたかどうかは甚だ不安ですが、自分の備忘録も兼ねてここで簡単に講演内容を報告させていただきます。

黄櫨染(こうろぜん)、新年号に関連する様々な行事で、今年はことさら目と耳にする色名ですね。
この色名が私たちの目の前に記録として現れるのは、820年の嵯峨天皇による詔(みことのり)。
嵯峨天皇はこの年、「重要な祭事や会議の時に私は黄櫨染を着るぞ!」と宣言するのです。これは天皇が自分で服の色に関して言及をする唯一の記録でして、後にも先にもそのような詔はありません。

いくつかの間接的な記録から、それまでおそらく天皇が着用していた色は白だろう、というのが一応の定説です。それが、突然ハゼで染める色を嵯峨天皇が持ち上げるのです。
これ、おそらく中国の皇帝が当時着用していた「赭黄(しゃおう)」という赤茶味にふれた黄の色彩に習ってだろう、というのが古代色彩研究関連での一般的な推測ですし、自分もそうだろうと思っています。

・・・といったようなお話と並行して黄櫨染の染色実演を行うという無謀(笑)な段取りで進めていきました。

 


これはハゼのチップを3時間ほど煮だし、漉して染め液を作っています。

この黄櫨染の染め方、実は927年に編纂された延喜式という書物(当時の国の様々な事柄に関しての施行細則集のようなもの)に記されています。

延喜式を読むと、黄櫨染は櫨(はぜ)と蘇芳(すおう)を使って染めていることが分かります。櫨だけで染めると少しだけ茶味にふれた黄系統の色に、蘇芳だけで染めると少しだけ紫味にふれた赤系統の色にそまります。


右のストールが櫨だけで染めたもの、左のストールが蘇芳だけで染めたものです。

 

今回の実演では、まず櫨で染めて・・・

 

そのあと、蘇芳で染めていきます。

実は、染液の中で染めストールを動かしていただく作業はご参加の皆様にお手伝いいただきました。話しをしながら作業をすると、話も作業も間違えてしまいますので(笑)。

 

先ほど延喜式に染め方が記載されているとお伝えしましたが、そこに書かれているのは材料リストだけ。何時間染料を煮詰めるとか、何回染めるとか、何℃でキープする(そもそも当時は温度計などありませんが)とか、そういったことに関しては一切記述がなく、言ってみれば材料リストが載っているだけです。

また、延喜式の時代の染色技術は絶えて久しく、どのような工程で染色作業がなされていたかは残念ながらわかりません。

更に言えば、延喜式の材料リストに書いてある内容の中にも、不明な点や不可思議な点が多くあります。

簡単に言えば、平安時代に嵯峨天皇が宣言された「黄櫨染」の色を再現しようとしても、実は、わからないことのほうが多くて、古来どのような色目だったのか?ということは謎に包まれているのです。

今回の講演でも、黄櫨染に関してはわかっていないことのほうが多い、という解説に終始しました。それを解説、と言ってよいのかどうかわかりませんが。

講演のまとめでも、わからないことがこんなにある、という内容です。

 

そして、染めアイテムも仕上がりましたが、当方の段取り悪く、色がかなり蘇芳寄りにふれてしまいました。


向かって左側のまだ濡れているストールが、この実演で染めたもの。右側が、事前に同じ方法で染めたストールです。右に比べて実演のストール、だいぶ蘇芳の色になっています。おそらく櫨の色素抽出がうまくいかなかったことと、段取りが悪く作業が長引いてしまい時間内に終わらせるために1工程省いてしまったことが原因と思われます。
すみません、プロの仕事とは思えない色差ですm(__)m

 

・・とまぁ、染め実演は散々な結果になってしまいましたし、講演内容も、黄櫨染に関して結局はわからないことだらけ、という締まりのない内容だったのですが、それでもご参加の方々からは「わかっていないということが分かってよかった!」とお言葉を頂き、ほっと胸をなでおろした次第です。

黄櫨染に限らず、古代の色彩に関しては不明な点が数多くあります。更に、往時の色彩をそのままの状態で確認することがほぼ不可能です。

ですが、延喜式に限らず他の古文献も含め、数多くの情報を集めて技法を類推し、そして染色実験をして、そこでわからないことをまたほかの情報にあたって・・・、ということを繰り返せば、少しずつ平安の色彩に近づくのではないか、と考えています。
今回の講演も、そんな研究をしている中での途中報告といったものとお考えいただければと思います。

どこまで往時の色彩に近づくことができるのかわかりませんが、当方のカラダとアタマがまともに働いてくれている限り、黄櫨染をはじめ古代の色彩の研究と復元に勤しみたいと思います。
またこのような機会があればぜひ途中報告をさせて頂こうと思います。

ご参加の方々、そしてお声掛けくださいました高崎市染料植物園様、本当にありがとうございました!

高崎市染料植物園

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